世界の金融の歴史辞典主に現代史(1945年以降)に絞った、各国の金融・経済の歴史年表サイト
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中国の金融の歴史

中国は長年、世界各国の植民地支配を受けていたため、金融の発展は意外に早く、1891年には香港で株式市場が設立しています。しかし、1949年に設立した中華人民共和国が社会主義政策を取っていた為、中国本土で株式市場が出来たのは1990年です。1997年7月に香港はイギリスから中国へ返還されましたが、以後も特別行政区として別の経済圏を保っており、通貨も人民元ではなく香港ドルを使用しています。

年月 分類 事柄
1866年 金融 上海に証券取引所の前身が生まれる。植民地化していた西欧諸国が証券ブローカー組合を作った。
1868年 金融 中国最初の株式会社設立。アメリカ帰りの中国人留学生が作ったとされる。
1891年 金融 英国の植民地であった香港で株式市場が設立
以降も香港は、中国本土とは別の資本主義経済圏として存続していく。
1931年 金融 中華ソビエト共和国の支配下で通貨=人民元の前身が誕生
1935年 金融 英国の植民地であった香港で、通貨=香港ドルが誕生
1948年12月 金融 中央銀行である中国人民銀行が設立
1949年10月 政治・外交 毛沢東が中華人民共和国を建国
以降、79年まで中国本土に証券市場は存在しなかった。
1949年 金融 通貨=人民元が正式に誕生
旧人民元など中国各地の通貨が統一される
1953年 金融 人民元が1万分の1のデノミを実施
1954年 金融 初の国債発行(国家経済建設公債)
総額36億人民元を58年にかけて発行。以後、1981年まで国債発行は停止。
1964年7月末 金融 香港の平均株価=ハンセン指数の算出開始日
1978年8月 日本関連 日中平和友好条約が調印される
1978年12月 政治・外交 ケ小平が最高指導者となり、改革開放政策を推進
部分的に資本主義を取り入れ、経済発展を促す(社会主義市場経済)。
1980年4月 政治・外交 中国がIMFでの代表権を回復する
1980年5月 政治・外交 中国が世界銀行での代表権を回復する
1981年 金融 1958年以降ストップしていた国債の発行が再開される
1983年10月 金融 香港ドルが米ドルとのペッグ制を採用
以降、1米ドル=7.80香港ドルの固定相場制が敷かれる。
1987年9月 金融 中国初の証券会社(現在の巨田証券)が設立
1990年12月 金融 深セン及び上海証券取引所が設立
資本主義化を推進する「改革開放政策」の象徴的存在
1991年末 金融 初の投資信託「武漢証券投資基金」が設立
1994年1月 金融 人民元を大幅切り下げ
公定レートを実勢レートと統合し、中国人民銀行が一元管理する体制に。同時に1米ドル=5.72元から8.72元へと大幅に切り下げられ、以降の中国の高度経済成長の原動力となった。
1997〜98年 金融 アジア通貨危機が勃発
香港ドルも投機筋に狙われるが、当局が買い支えることで難を逃れる。
1997年7月 政治・外交 1日に香港がイギリスから中国へ返還
但し以後も特別行政区であり、香港ドルも流通が続く。
1999年12月 政治・外交 20日にマカオがポルトガルから中国へ返還
以後はマカオ特別行政区となる。
2001年12月 政治・外交 中国がWTOに加盟
2001年11月 その他 ゴールドマンサックスがBRICsという概念を発表
中でも最もGDP成長力が高い中国への注目が集まり始める。
2002年3月 日本関連 日中間で人民元と円との通貨スワップ協定が締結
2002年11月 金融 QFII制度が設立 (QFIIとは?
2004年12月 その他 中国企業レノボが米IBMのパソコン部門の買収を発表
世界的IT企業への買収劇は、中国の経済発展を象徴する出来事。
2005年7月 金融 人民元の切り上げを発表
米ドルとの固定相場から通貨バスケットによる管理フロート制に移行。以後、割安すぎた人民元のレートが、徐々に上昇していくことに。
2005年9月 その他 香港ディズニーランドが開業
2006年11月 金融 中国の外貨準備高が1兆ドル(約100兆円)を突破
人民元を割安に保つ為、為替介入で生じた副産物。
2007年9月 金融 中国の政府系ファンドが設立
中国投資有限責任公司。為替介入で得た外貨準備を原資に運用。
2007年10月 日本関連 大証に日本初の中国株ETFが上場
上海株式指数・上証50連動型上場投資信託【1309】
2008年8月 その他 北京オリンピック開幕
2009年10月 金融 中国版の新興市場「CASDAQ」が深セン証券取引所に設立
2010年5月 その他 上海万博が開幕
2010年末 その他 中国のGDPが日本を抜いて世界第二位に
但しGDPの統計に粉飾疑惑もある。
2011年8月 日本関連 日本初の人民元FX(くりっく365)が開始
2012年6月 日本関連 日本円と人民元との直接取引が開始
米ドル等を介していたのが、東京及び上海の取引所で直接決済が可能に。
2013年 金融 シャドーバンキング問題が発覚
地方政府や金融機関が簿外で投資を行い、不動産バブルを助長させる。
2015年8月 金融 人民元の切り下げを開始
景気低迷や上海株式市場の大暴落を受けて、2005年以来続けてきた元の切り上げ政策を逆転させ、元安誘導を始める。

第二次大戦後、中華人民共和国が成立して社会主義政策が取られますが、経済は決して順調ではありませんでした。1949年に通貨=人民元が統一されますが、そのわずか4年後には1万分の1という大幅なデノミが行われています。また1954年には国債も発行されましたが、信用度の問題などから、1981年まで発行が凍結されています。中国の金融政策は、建国早々に破綻していたのです。

潮目が変わったのが1978年、ケ小平が改革開放政策を打ち出し、資本主義経済を徐々に取り入れ始めてからです。そして1990年代以降は、実質GDP成長率が10%を超える高度経済成長時代へと突入しました。

今やGDPが日本を抜いて世界第二位となり、経済大国となった中国ですが、金融システムには様々な歪みも抱えています。その典型が、2013年に発覚したシャドーバンキング問題で、130兆円以上と推計される闇の融資システムにより、不動産バブルが崩壊の危機に瀕しています。

そんな中、今後の中国の金融政策で注目すべき点は、人民元の動向です。人民元の為替レートは、1994年に中央銀行=中国人民銀行が大幅に切り下げを行った事で、中国経済の高度成長の原動力となりました。その後2005年7月より、人民元の切り上げが徐々に始まりましたが、シャドーバンキング問題を考えると、再び切り下げへと方向転換される可能性も十分あります。

日本でも、中国株ETFや人民元FXなど、人民元の切り上げで為替差益の恩恵を受けられる金融商品が、次々に増えています。しかし上記のように、短期的には中国人民銀行の政策は極めて不透明な情勢であり、人民元切り上げには、過度の期待はしない方が賢明と思われます。

◆関連サイト;シャドーバンキング解体新書 中国の不動産バブルの現状とデフォルトの可能性を分析。

※豆知識;くりっく365の人民元FXでは、売り・買い共にマイナスのスワップが付く事もあり、注意が必要です。

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